第五 私の投獄と試練(7)

第五 私の投獄と試練(7)

そうして私は自分を慰め、このような歌を詠んで日々を過ごした。

  百敗酸を嘗めて業漸く成る  一磋豈なんぞ蒼々を憾みんや
  赭衣恥を含みて魂を磨くの後  却って囚人をして世光を補せしむ

また、便所掃除をする時などは、初めのうちは甚だ苦痛を感じたものだが、
主キリストが天の聖なる御座から罪の世に降って来られ、
ガリラヤの漁夫の子らの足を洗われ、
私達に模範を示された
ことを思い起こせば、不快に感じることも軽減された。

この王の王であられるお方は、
人が忍ぶことができない屈辱を忍び、
耐えられない苦痛を耐え、人には到底及ばないへりくだりをなされたのだ。


私などは、尊い身分でもなく、地位があるわけでもない。
それだというのに、人に怒り、人を軽んじ、
自分を高くする傲慢な考えが無くならない。

どうして、キリストのみこころにかなうことができよう。
主は神の子でありながら、罪人の足を洗われたのだ。
私は同志の使う便所を洗うことぐらい、何を嫌がることがあろうか、
と思えば、耐えることができた。
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by hokkaido-revival | 2010-12-30 15:12 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

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