カテゴリ:『余が信仰の経歴』 正編1-5( 19 )

 

第五 私の投獄と試練(12)

第五 私の投獄と試練(12)

私の身体は、うまれつき弱い方であり、
獄中の生活に耐えられるかどうか、心配したこともあった。
また私の家族や友人も私の身体について心配していた。
しかし、投獄されてからずっと、
他の頑健な囚人たちよりも、健康に過ごしてきた。
常日頃、よく風邪をひいたり、胃病を患ったりしたものだが、
獄中では却ってつつがなく生活していた。

ただ、投獄された当初は、寒さのために、少し胸を痛めたことと、
翌年一月の初めに、食物の変化のため、少し下痢をしたことぐらいで、
その他に、あえて薬を飲むようなこともなかった。

私は神の恵みの深さを感じ、喜んでこの歳月を送ることができた。
大晦日の夜に、その恵みを思って、歌を詠んだ。

 風凍雲を捲いて飛雪斜めなり  酸苦を経る毎に望み弥加わる
 単衾半夜陰房の衷 昊天に感謝して歳華を送る
   
このように口ずさんで、その年の冬を越し、
翌年、明治二十二年二月十一日、憲法発布にともなう大赦の恩恵をこうむり、
心身つつがなく、再び、愛する家族、主にある兄弟姉妹、
友人たちと手を取り合うことができた。

昔、主は天使の手によってペテロを獄中より救い出し、
また地震によってパウロとシラスを獄中より救い出された。
今や、憲法発布という手段によって私たちを獄中より救い出してくださった。
[PR]

by hokkaido-revival | 2011-02-05 15:44 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(11)

第五 私の投獄と試練(11)


監獄で、よく身を慎み、品行の良い者には褒章を与えるという規則があった。
私が敬愛する片岡氏をはじめ、その他の友人たちがいち早く褒章を授与されていた。
しかし、あえて監獄の規則を破ることなく、
品行もさほど劣ってはいない自分が褒章を受けたのは、
比較的遅い方であった。

そのとき私は、人からの栄えは正確ではないのだと思った。
よって、私は神からくる栄えを受けたいと深く感じた。
主がかつて、ユダヤ人を戒めて言われたように、

 互いの栄誉は受けても、
唯一の神からの栄誉を求めないあなたがたは、
どうして信じることができますか。


 この戒めは、私たちの全ての場合において、深く顧みないといけないものである。
[PR]

by hokkaido-revival | 2011-02-05 15:42 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(10)

第五 私の投獄と試練(10)

夏の暑さが厳しい頃になると、さすがに体を壊すだろうと思ったが、
かえって暑い日などは暮らしやすく、つつがなく過ごし、
秋になると、庭の花園に造った菊花などを眺めては、のどかに暮らした。
しかし、秋も終わり冬が来る頃になると、四方の風景も寒々しく、
虫の声が聞こえるとなんとなくもの寂しい感じがして、
このときの思いを歌にした。

  老蟋声荒れて転悵然  凝霜晩菊鮮妍を競う
  孤囚幸いにて天佑の有る在り  此の際磨し来る勝世篇
          
 (勝世篇の意味: 「世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です」
                            ヨハネの手紙Ⅰ 五章四節より引用)

ヨハネによる手紙Ⅰ五章に、このようなみことばがある。

 神によって生まれた者はみな、世に打ち勝つからです。
 私たちの信仰、これこそ世に打ち勝った勝利です。
 世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。


このことばは、私を多いに奮い立たせた。
[PR]

by hokkaido-revival | 2011-01-29 16:29 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(9)

第五 私の投獄と試練(9)

さて、私たちは初め、食物があまりにも粗悪であることから、
箸をつけることもできなかったが、
三四ヶ月過ぎてくると、ようやく飢餓を覚えるようになってきた。
そもそも監獄の食物は三等に区別し、
重労働に就く者には麦飯七合、
普通の労働に就く者には五合、
労役に就かない者には所持金があっても、
食物は一切買うことが許されなかったからである。

友人たちの多くは、労役を願い出て、作業場に出かけることによって、
食事の量を増やし、その賃金をもって、食物を購入してりしていたので、
食べることに関しては、私たちよりも遥かに豊かであった。

この時は、聖書をはじめその他の書籍も多く差し入れされていたので、
労働して空しく二年六ヶ月も読書を怠るのは忍びなく、
また、神のことばをもって生活をしてみたいという思いもあり、
なるべく労役には就かないようにと決めていた。

そんなある日、私は空腹を覚え、イライラしていた。
ふと申命記八章が目に留まり、大いに神の恵みを得た。


 あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。
 こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、
 すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。
 主はあなたを苦しめ、飢えさせ、
 あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。
 人はパンだけで生きるのではなく、
 人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。

 

この章を読むや、一片の聖なる火が胸の中に入って来て、私の心を燃やした。
私はひそかに涙をのんで神に感謝した。
これより、次第に飢餓を忍ぶ力を得、勇気が湧いてきた。

かつて、私たちの主イエス・キリストも四十日の断食の後、
サタンから誘惑され、試みを受けたが、このみことばを用いて、
「人はパンだけで生きるのではなく、ただ神の口から出るすべての言葉によって生きる」と答えられたのを思い出し、
私は神の恵みによって、それ以後も労役をせず、
ただひたすら神のことばによって生きようと決め、
もっぱら聖書やその他の本を読みふけった。
それで、私は病気の心配もなく、非常に稀なことに、
心身ともに健康に過ごすことができた。
[PR]

by hokkaido-revival | 2011-01-06 18:29 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(8)

第五 私の投獄と試練(8)

私は、毎日、監獄の庭で一時間の運動を許されたが、
雪の降る日などは、とても寒く、手を振ったり走ったりして、
ようやく少しは体が温まった。
しかし、運動すると、今度は大いに空腹を感じ、これには少々困った。
一日雪の中を歩き、寒気が手足に突き刺すように感じ、
同囚の友人にこのような歌を詠んで聞かせた。

   雪虐霜酸痩骨寒し  楚囚猶有り寸心丹
   天皇賜う所啻に恵服のみならんや  又光児をして万艱に耐えしむ

ある夜にまた感じるところがあり、左の一絶を賦した。

  説かず陰房窮と愁え  刑余別に主恩の優有るなり
  痛心断えんと欲す凄風の夕べ  一片の清光楚囚を照らす

私たちが投獄されたのは、もとより良心のゆるすところであり、
獄中における多少の艱難は、覚悟していたのだが、
気の毒に思ったのは故郷に残してきた一人の老母と、妻子たちである。
連絡を取るごとに、彼らを慰め励ますことに努めた。
ある時私は、妻に送ろうと歌を詠んだ。

 説くことを休めよ阿郎縲絏の艱  刑餘幸いに主神の恩に浴す
 君に勧忘るる勿れ光児の志   聖婦の美名郭門に高し

この結句は、箴言三十一章末節
(箴言31:28~31 
息子らは立って彼女を幸いな人と呼び、夫は彼女をたたえて言う。
「有能な女は多いが、あなたはなお、そのすべてにまさる」と。
あでやかさは欺き、美しさは空しい。
主を畏れる女こそ、たたえられる。
彼女にその手の実りを報いよ。
その業を町の城門でたたえよ。」)


から引用したものである。

またある日は、老母を思い出して詠んだ。

 恩み(めぐみ)もて慰め給へ 天の神 憂きに沈める母の心を
[PR]

by hokkaido-revival | 2010-12-30 15:22 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(7)

第五 私の投獄と試練(7)

そうして私は自分を慰め、このような歌を詠んで日々を過ごした。

  百敗酸を嘗めて業漸く成る  一磋豈なんぞ蒼々を憾みんや
  赭衣恥を含みて魂を磨くの後  却って囚人をして世光を補せしむ

また、便所掃除をする時などは、初めのうちは甚だ苦痛を感じたものだが、
主キリストが天の聖なる御座から罪の世に降って来られ、
ガリラヤの漁夫の子らの足を洗われ、
私達に模範を示された
ことを思い起こせば、不快に感じることも軽減された。

この王の王であられるお方は、
人が忍ぶことができない屈辱を忍び、
耐えられない苦痛を耐え、人には到底及ばないへりくだりをなされたのだ。


私などは、尊い身分でもなく、地位があるわけでもない。
それだというのに、人に怒り、人を軽んじ、
自分を高くする傲慢な考えが無くならない。

どうして、キリストのみこころにかなうことができよう。
主は神の子でありながら、罪人の足を洗われたのだ。
私は同志の使う便所を洗うことぐらい、何を嫌がることがあろうか、
と思えば、耐えることができた。
[PR]

by hokkaido-revival | 2010-12-30 15:12 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(6)

第五 私の投獄と試練(6)


「人がもし、不当な苦しみを受けながらも、
神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、
それは喜ばれることです。
罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、
何の誉れになるでしょう。
けれども、善を行っていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、
それは、神に喜ばれることです。
あなたがたが召されたのは、実にそのためです。
キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、
あなたがたに模範を残されました。
キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。
ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、
正しく裁かれる方にお任せになりました。
そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。
それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。
キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされたのです。
あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、
今は、自分のたましいの牧者のであり監督者である方のもとに帰ったのです。」
                   
                                 (ペテロの手紙Ⅰ 二章十九~二十五節)



このようなみことばは、実に私を励まし、慰め、
また私の傲慢を挫き、へりくだりを学ばせてくれた。

また、はずかしめを感じる時、
主は直ちに主ご自身がはずかしめを耐えられたことを覚えさせて下さり、
キリストが栄えを捨て、罪人の中に来て下さったこと、
ご自身は何の罪もなかったのに、祭司長・学者たちの手に渡され、
嘲られ、鞭打たれ、緋色の衣を着せられ、いばらの冠をかぶせられ、
罪人とともに十字架に釘付けられたことを思い起こさせて下さった。


主がこのような苦しみを受けられたのなら、
私たちが、最も賤しい僕として赭衣(罪人が着る赤い衣)を着せられ、
獄吏に叱責され、他の囚人達と一緒くたにされることが、
いったい何だというのか。

昔から、神を敬い、国を愛する偉人たちの多くは、
皆、艱難辛苦を嘗め、試練を経て後、業を成し遂げるのである。
このことを思えば、私たちが投獄されたことなどは、
実に九牛の一毛(取るに足らない小さなこと)ほどの試みだと言わざるを得ない。
[PR]

by hokkaido-revival | 2010-12-20 20:14 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(5)

第五 私の投獄と試練(5)


私達が既決監に移されて以来、寒気は段々と厳しくなり、
衣服は薄く、足袋もなく、夜明けに拍子木の音と共に起き、
茣蓙の上に正座して、少しの間も膝を崩してはならず、
私達は普段正座に慣れていなかったので、
膝が痛くなり、少しだけ膝を崩すと、獄吏に叱責された。

また、毎日当番を決めて、
監獄内の廊下から便所に至るまで拭き掃除をしなければならなかったが、
寒さの厳しい朝などは、床板の上に氷が張り、
雪が降れば、獄吏の靴についた雪も堅く凍り、
私達が当番の時は、その上を裸足で掃除しなければならず、
多くの者が、手足の指を腫らしていた。

私も最初の頃は、獄中の生活に慣れず、獄吏の叱責を度々受けた。
また、世で身につけた思想が抜けきらず
獄吏の足下に低頭し、厠の掃除をするなど、大いに不快を覚えた

しかし、そのような場合にあっても、
主があたかも側に立って、戒めて下さるかのように、
聖書のみことばが心の内に聞こえてくるのである。



『こういうわけで、このように多くの証人たちが、
雲のように私たちを取り巻いているのですから、
私たちも、いっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて、
私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。
イエスはご自分の前に置かれた喜びのゆえに、
はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。
それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。
あなたがたはまだ、罪と戦って、血を流すまでに抵抗したことがありません。
そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。

「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。
主に責められて弱り果ててはならない。
主はその愛する者を懲らしめ、
受け入れる全ての子に、むちを加えられるからである。」


訓練と思って耐え忍びなさい。
神はあなたがたを子として扱っておられるのです。
父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。
もし、あなたがたが、だれでも受けるこらしめを受けていないとすれば、
私生児であって、ほんとうの子ではないのです。

さらにまた、私たちには、肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、
しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、
なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。
なぜなら、肉の父親は、短い期間、
自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、
霊の父は、私たちの益のため、
私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、
かえって悲しく思われるものですが、
後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

ですから、弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。
また、あなたがたの足のためには、まっすぐな道をつくりなさい。
なえた足が関節をはずさないため、
いや、むしろ、いやされるためです。
すべての人との平和を追い求め、
また、聖められることを追い求めなさい。
聖くなければ、だれも主を見ることはできません。」
                     (ヘブル人への手紙 十二章一~十四節)





****************************

まるで、ヨセフの物語ですね。
神様は、愛する子供を、苦しみや痛みを通して訓練し、
懲らしめを通してきよめられるのです。

後に、北海道の監獄を伝道するなど、
この時、誰が想像したでしょうか・・・?
神様のご計画は、はかり知れないほど、深いですね。
[PR]

by hokkaido-revival | 2010-12-09 22:27 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(4)

第五 私の投獄と試練(4)


前にも書いたように、
私は始めからこのような運命になるのではないかと予想していたが故に、
聖書を持って行ったのであるが、
監獄の規則はもとより、所有物は一切持ち込み厳禁であり、
聖書も他の物品と同じく、留置所に置いて来ざるを得なかった。

私は、既決監に移されると直ちに聖書の差し入れを願った ところ、
何の音沙汰もないので、再三願い出たが、やはり同じであった。
私は、この願いがきかれるのかどうか分からず、
自分は、キリスト教徒であり、聖書が自分に必要なものであるから、
ぜひその差し入れを許可してほしいとの書面をもって懇願したが、
取り次ぎの押丁は、私に向かって、囚人には必要ないと言い放ち、
ついに願いは叶わなかった。

後に、内務省の通達により、聖書の差し入れが禁止されたのを聞いた時は、
失望し、二年半もの間、まったく聖書を読めないとは、
この上ない不幸であると、大いに嘆いた。

しかし私は、まったく絶望の極みに陥ることはなく、
主は私の願いをきいてくださると信じ、日々聖書を与えて下さいと祈っていた。

私は受洗以来、この時ほど切に祈ったことはなかった。
主は、まことに私達の哀願を捨てられることなく、
程なくして、聖書の差し入れを許された。
私達の喜びはいかばかりであったことか。
私はどれほど神に感謝しただろうか。
言葉では言い表せない。

[PR]

by hokkaido-revival | 2010-12-06 19:41 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5  

第五 私の投獄と試練(3)

第五 私の投獄と試練(3)


こうして、私は警視庁の留置所に入れられることとなった。
この夜は、二回も呼び出されたが、特に厳しい寒さで、
自分の服は留置所に預けられ、青色の囚人服を着せられた。
これは、私の衣服を検査するためであったが、非常に寒さを覚えた。

私は、そのときの思いを詩にあらわした。
 
 寒天風起雁声愴 夢破単衾夜益長 
 獄吏呼来擁我去 一輪惨月白於霜

(寒空に風が吹き、雁の声が悲しく響く。 夢は衣を破り、夜は益々長い。
 獄吏は私を呼び、去らせようとする。  一条の差し込む月の光が霜よりも白い。)

夜明け頃、検事局より呼び出され、一応の取り調べを受け、
この日のうちに、軽罪裁判所に送られ、その夜公判にかけられ、
軽禁固二年六ヶ月、監視二年の刑に処せられた。
この晩は月が冴えわたり、肌身に突き刺すような寒気であった。

私は句を詠んだ。

 更に又 影も寒けく見ゆるかな 刑(つみ)なき庭の 冬の夜の月

かくして、翌二十八日には、他の同志達の共に、石川島の監獄に送られ、
翌年一月五日、囚人服を着せられ、髪を切られ、
髭を剃られて、既決監に移された。
その様は、以前、言論院に出頭し、権力者を訪問しては、
時事を論じた時とは、まったく違い、一厘の値もない純然たる囚人となってしまった
私達は互いを見て、思わず笑ってしまった。
[PR]

by hokkaido-revival | 2010-12-04 15:49 | 『余が信仰の経歴』 正編1-5